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ビジネスモデルの変化について行けねぇ!!

 大学院で中小企業診断士養成コースの集中講義が日曜日で一息ついた。一日5限の講義で受講生も俺も、もうヘロヘロ。でも、なるほど集中講義ってのは、もって行きようで中身が濃くなると思った。自画自賛になってるかな?

 メディアビジネスが中心の講義内容だったけれどビジネスモデルの変容について何だか俺自身、概念が変わった気がする。中小企業のオーナーは俺と同じ団塊世代か、それ以上の年の方が多い。と言うことは、文明の利器の後追い世代って事だ。FAXやワープロをオドオドしながら使い。それに慣れたと思ったら魔のPCが華々しく登場。キーボードを怖々と触り、検索エンジンを理解したと思ったらインターネットと言うプラットホーム型メディアに翻弄される。とてもとても使いこなす。利用する。ましてやセールスや経営のツールとして利用する等とは思いつきもしない。

 そこで「新たな診断士はプラットホーム型メディアをフルに利用するコンサルはどうだ」と説いてみた。
 コマーシャルも変容しだした。そして今までのマスメディアに依存するコマーシャルは膨大な経費がかかっていた。

 ところがネットは…。

 そう!ブログや投稿サイトの動画は、とてもリーズナブルなCMの手段となり得るぞ!…と。
世の中が、ロングテール商法に向かっているのなら口コミCMを武器にしてしまえ!となる。ならないか?

 新しいツールの使い方を古い世代にもコンサルした方が良い。ただしマスメディアよりも効率が悪いし、即効性に劣る。けれどコストパフォーマンスを考えると中小企業にピッタリのツールだよね。

 そんなこんなで、いずれにしてもコンテンツとしてのクオリティーは求められるのでブログの在り方や動画サイトに投稿する際の完成度や関心度はどうしたら良いのか等のディベートになった。

 そう!時代は中小企業のオーナーの想像していたスピードを越え過ぎてしまった。と同時に俺たちも、もっと、このプラットホーム型メディアを早く深く理解する必要がある。

…と気づいた集中講義でした。

※以前コメント欄で授業風景の質問があったけど、その答えになってるかな?

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テーマ : 資格取得
ジャンル : 学校・教育

手強い集中講義の受講者たち…怖い!!

 大学院で中小企業診断士の二次必須で講義を担当する事になったんだけど講義内容で戸惑っている。
 相手が修士課程なら研究が中心になるし、3、4年の学部生なら、いわゆる概論から教えていけば良いのだが…。
 今回、受講生には違いないが相手は立派な社会人ばかり、しかも30代~50代まで居て社会の前線で働いて来た人たち。その上偏差値の高い大学卒だったりする…どうすりゃ言い…。大学院と同じように『トランスメディア論』の講義?…う~ん!?になってしまう。更に職種はメディアビジネスに従事していた人。広告代理店に勤務していた人…ある程度分かっている人も居るわけで…どの辺りから講義したら良いのか?こりゃ困ったぞと思いながら、とりあえず概論を少し話したところで逆にこっちから聞いてみた。

源  「どんな講義が良いか要望はありますか?」

すると、こんな答えが返ってきた。

A  「どういう動機で放送作家なる仕事を選んだのか」
B  「どういう職生を歩んで来たのか。構成や台本を書く企画を考える際の発想は、いかにして生み出されたのか」

つまり俺が、どんな奴で、どこで、そういった発想を会得し、それをどう生活の糧として展開して騙してきたんだ?って事?

源  「そんな話を聞いて役に立ちますかね?」

全員一致で頷く…。

源  「分かりました」

って事でコントを書く上での発想法や、この仕事を選んだ不純な動機や、女々しい仕事に、どうして嵌ってしまったのか…。

一番大事な部分は、ヒット番組、ヒットするコンテンツを作るコツ『共感、共鳴、共有、そして少しの哲学』に気づいた課程。事例等々を講じる事に…。

そう言えば、このヒットの条件部分はジャンルの違う商品開発なんかにも通じるかもしれないと逆に気づかされた。


そして一つの質問。

A  「もし中小企業の経営者だったら政府に対して何を要求したいと思いますか?」

普段の講義じゃあり得ない展開。油断していると立場が逆転しかねない。

源  「中小企業と言う言葉から変えたいと思いませんか?例えば『大きくない専門業』『日本的マニファクチャー』とか」

役人の口にする『中小企業』と言う言葉から来るイメージが、どうも差別的で画一的に感じるから、先ずそれを変えて欲しいと要求したいと答えていた。

名称に関しては、その場で出た言葉なので適切だとは思わないが、後で、この発想良いかもしれないと思ったりもした。

 受講者たちは大金を出している。受講して得したと思いたいのは当然だ。12コマの集中講義の中で「いいね」「それ、面白いぞ」みたいなのが欲しいんだね。

 こんな講義風景になるところも、今時の幽霊のような大学生相手と違って、はっきり言って手強い!!まだ8コマ残ってるから、こっちも気合いと本気、本物で勝負かな?


テーマ : 資格取得
ジャンル : 学校・教育

泉陽高校物語

 泉陽高校と言っても全国から見れば何じゃそりゃと思われるでしょうが、今日は大阪の堺市にある府立の三流高校の話で非常にローカルな話題です。そうそう今は三流なんて言うとお叱りを受けるそうです。
 何が言いたいかと言えば40年も時を経ると高校の価値観も思いっきり変わっていたんですよ。
 2年ほど前、大阪の廣済堂という所から電話を頂いて「先生の小説『25年後のDPE』の中の堺の町並みの描写部分を抜粋して堺市発行のPR用公報誌『ビュー』に掲載しても良いでしょうか?」と声の可愛いらしい女性が言った。確かに大学院の客員教授をやっているので先生には違いないけれど、どうも未だに慣れない先生と言う言葉にくすぐられて、気がつけば二つ返事でOKをしていた。
何度か打ち合わせをした時に聞かれたのは
「先生は泉陽高校の出身なんですか?」
「はい。そうです」
「へー凄い!良い所を卒業してるんですね」
可愛い声でバカにしているのかこの人は!と内心思ったわけで
「どこが凄いの?三流でしょ?」
と言うと真面目に否定されてしまいました。
「有名な進学校ですよ。女子の偏差値が高いんですよね」
何だって~?
「…あのね…私たちが居た頃は第五学区で6つか7つの普通高校の2番目か3番目。だから三流校だったんですよ。進学も関関同立(関西大学、関西学院大、同志社、立命館)にパラパラっとね…」
と答えていた。どうやら今では様子がすっかり変わっていたようで…気がつかなかった…。40年の間に堺より南が変わっていたのだ。泉北ニュータウンが開発されてサラリーマンの子供たちがドーンと増えて府立高校も6つか7つどころじゃなく、今は第4学区になって20~30に増えてるらしい。その上から2番目ぐらいの学校で結果として良い学校になってしまったと言うことのようだ。偏差値が今や70と聞いてひっくり返った。
 確かに卒業生に与謝野晶子や橋田須賀子、沢口靖子などが居て元々は旧堺高等女学校だから伝統がある。だからかなのか女子の間では特に評価が高いって事なのかな?ともかくいつの間にやらブランド校になっていたのでした。
 私の書いた小説には「阪堺線」や「フェニックス通り」「宿院」が登場するのだが、その描写が美しいと評判になったらしくブランド校として定着するのに一役買ったらしいが…私にはな~んにも美味しい事はありませんでしたwチャンチャン♪
 ともかく自分の卒業した学校が何の価値観か分からないけれど上がったり下がったり。一体世の中どうなってるんだろうね。あ!でも成り上がりブランド校物語『ドラゴン桜』は勉学の根性物で面白かったな~。

テーマ : ブログ
ジャンル : ブログ

医師不足解消法

政府が医師不足解消の為に診療報酬を上げようとか大学の医学部の定員を増やそうとか色々と考えているみたいだけど…そんな事くらいじゃダメなんじゃないの?と思っている人は多いと思います。じゃ、どうすりゃ良い?って事だけど…これって受験の在り方やら価値観を変えてしまった方が早いと思うのは僕だけでしょうか?
 例えば、ある子が医者になりたいと思っても、ほとんどの場合なれません。結局諦めるって事になってしまいます。医者になれる人は、家が医者だったり金持ちだったり、その上に有名進学校に入ってトップになって東大や京大の医学部へ…その他の医科大学も超難関が当たり前。そんな難しい英語や数学、物理化学の知識(テクニックとも言う)が本当に医者に必要なんですかね?
 で、医者を目指す子供たちも金も入るし社会的地位もあると思っている。
「こら!高級官僚目指しているのとわけが違うんだぞ!」と言っても現実はエスカレーター式にスマートに医者へ向かって上がって行くだけ…その先に金も入って地位もあって…そうでなきゃ嫌だ!!
 だとしたら医の仁は、どこへ行くのか?「そんなもん知るか!」「辛いだけの小児科医なんてやってられるか!」と言う現状の事態が起きるのは当たり前ですよね。僕が彼らだってそう考えると思う。
 打破するには心から医者になりたいと思う(道徳的な意味で)人たち全員医学部に入れるようにしてしまったら?大学に入ってから医の倫理や医学の何たるかを教えてよこしまな輩や不適正者を排除していけば「医は金なり」「医はエリートなり」と考える勘違い君を排除できると思うんだけど。どう?良い考えだと思うんだけど。
先ず入試問題のほとんどを医に対する思考、哲学をテスト(論文形式)にして今の受験問題なんてやめてしまう。
 受験テクニックに優れている者が良い医者になると思う?テクニックばかりに金をかけてきた子供たちに医の仁が理解できると思う?医療の現場なんて戦場みたいだし体もフラフラになるわけだし、だったらエリートが居る場所ではないし、それこそ、どこかの首相が言ってたように「愛」が必要だし「忍耐」も必要でしょ?
 今、難関の医学部を目指している子供は、この両方とも足りないだろうと思う。楽で格好良くて金が入ってくる方が良い。とすると選ぶ「科」は自然と決まってくるよね。
 だから医学部は今の入試制度をやめます!
医者になりたい人も金や地位が目的の人もぜ~んぶ纏めて入れちゃいましょう!
ただし、どうしようもない不適正者はクビにします!
医学≠金、医者≠エリートではなく医者=人助け、医学=重労働、医学=社会奉仕である事を叩き込んで、それについてくる人をどんどん育てる。すると世の中に必要とされる医者が増える。しかも仁徳のある医者が!!
…と思うんだけど…何だか「大田総理」のマニュフェストみたいになってしまった。


国母選手の態度が悪い?

 スノーボード日本代表の国母選手、服装だらしなく態度が悪いと言うんで謝り。会見の時は吉兆の女将さんのごとくコーチから注意されて「う~せ~な~!」
 遂にはスキー連盟から出場辞退に発展。橋本団長の計らいで何とか出場する事になって又もや謝罪会見。

 「大学崩壊」のところでも書いたけれど本人たちは何が悪いか分かっていないと思う。だいたい学生たちにアンケートをとっても親に叩かれる叱られ方をしたことの無いのが、今の25才までの子供たち。
 先生に注意されない。通勤電車の中で物を食べてもいても誰も注意しない。電車の中で大声で携帯をかけていても誰も注意しない。化粧をしている女子校生は当たり前。挙句に化粧を電車の中でする者まで…最近になって「化粧は家でやろう」そんなポスターを東京メトロが作って貼り出した。気になってたのは僕だけじゃなかったんだね。
 学校に登校する時、昔のように生活指導の先生が髪の色や服装を注意しない。注意すると親が怒鳴り込んでくるらしい。
「うちの子の自由を侵害するつもりですか!」
「そんなに注意されると子供が学校へ行かなくなる!」と…。
だから先生は注意しない、親も放ったらかし、世間も冷たく知らんぷり。国母選手のような格好は2、3年前の渋谷じゃゴロゴロしてた。彼らは、そんな世代なんです。
 代表選手に急になったからと言って突然「きちんとしなさい」「礼儀も何もなってない!」とブーイングされても、そのキチンとの意味がチンプンカンプンで何か分からない。
 シャツを出していることが、だらしないと注意されたことも無いのだから「品格!」「言葉使い!」「礼儀!」と言われても今まで誰一人キチンと教えていないので「何のことっすか?」「ったく!うぜ~な~」となってしまうのです。
 思想、信条の自由を履き違えて教えている一部の教師と、これまた「自由」と「勝手」を履き違えて教えている親たちのコラボレーション教育を受けていると、彼のような子が出てきます。
 彼は今でも「何で、そんな大騒ぎするのかな」と内心思っていると思います。普段、見て見ぬふりしている市民団体さん。耳障りの良いことばっかり言って嫌われたくない症候群のオッサン、オバサン。こんな時だけ非難ごうごうっておかしいと思わない?
 たけしさんも言ってたね。「教育何とかしなくちゃ!」…って。
国母君、日本の教育のダメ見本みたいに書いてごめんね。応援しているから頑張ってね。
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